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2006年09月30日

「純情きらり」完

今日、NHKの朝ドラ「純情きらり」が終わった。
終わり方、ひどいよね〜。
あんまりじゃない。
脚本の浅野妙子さんはすごい!
う〜ん、並の人ではないぞ。
この世界を作り上げたのだ。俳優とスタッフはすばらしく成長した。
こういう超ヒット番組を「おばけ」とか、「かみがかり」とかいうのかな。
出てくる人たちの生き様への、共感と共鳴と納得。
意外なドラマの展開=ショック=わくわく。

だれか〜見ていた方があったら、返事書いてくださいね〜。
一緒に泣きたいよ〜。

昨夜は、
三重県から石本先生が仏教講話で上京されるというので、築地本願寺さんに宿泊した。
朝7時からのおつとめが終わり、先生と一緒にTVを見ることができた。
石本先生も毎日見ているというのだ。

二人で泣いた。
さくらちゃんが赤ちゃんを産んでなくなり、
お姉ちゃんに新しい命が宿った、という「命の連鎖」で物語は終わった。

浅野妙子さんの静かで、強いメッセージを感じた。
きっと、NHKには「なんで死なしたの〜」という手紙が殺到するだろう。
しかし、視聴者たちは皆自分の人生を静かに振り返り、こう思うのだ。
"生きるって、すばらしいな”

人々の心に強く残ったドラマだった。


投稿者 城谷小夜子 : 17:29 | コメント (0)

2006年09月29日

今年は何の秋?

秋が深まりつつある今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。最近、たらこの歌が耳に焼き付いて離れないでいる龍之介です。
突然ですが、秋といえば、何の秋が思いつきますか? 食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋、芸術の秋、八代亜紀(お約束のボケ。でも、八代亜紀じゃなくて、ほしのあきやアンジェラ・アキでもよかったか)と色々ありますが、私は、今年は何の秋にしようかと考えている真っ最中です。
とは言え、食欲は年中あるし、スポーツは季節に関係なくしているし、読書もまた然り。八代亜紀の曲でも聴こうかと思ったのですが、生憎持ち合わせていないので(アンジェラ・アキならあるのですが)、芸術の秋しか残らなくなってしまいました。
そういうことで、芸術の秋にでも取り組もうかと思っているのですが、自称・無類の不器用ゆえにその道のりは前途多難です。特に絵画はピカソの絵よりもシュールになってしまうほどの画力しかないので、かなり困難を極めそうであります。
また、絵画や工作を始めるにあたっては、形から入ろうとする性格ゆえに道具を揃えた段階まではいいとして、そのまま押入で画材道具を長年熟成させる恐れがありそうなので、どうしても踏み込むことができません。リスクが大きすぎます。

そこで、お手軽に芸術を堪能できる方法を考えたところ、二つ浮上しました。
一つは、観察眼を養う上で展覧会やギャラリーに通うこと。感性を鍛える段階からであれば、手軽にできそうな気がします。道具も要らないし、身一つで(ついでに入場料を払うための財布もあれば)できると思うので。ただ、以前ある画家の展覧会を見に行ったときに、絵よりも絵の下にある値段の方に目が行ってしまい、「何でこんな高値なのかね」とため息まじりに呟いた覚えがあり、絵画よりも絵画の値段鑑賞にならないかが心配です。
そこで、二つ目の手段として、自然に戯れること。これから紅葉の季節になり、景色も映える時期になると思うので、森林浴でも堪能しようかなだなんて思っています。色とりどりの落ち葉を眺めることで、自然が作り出したアートを楽しめそうですし。それに、元手もタダだから、経済的かもしれないな。
また、美しい景色があったときに、カメラで撮影すれば、それもまた芸術に勤しんでいることになりそうな気がするので、一石二鳥。今年は美しい景色を見て、心を和ませる秋にします。よく考えたら、トレッキングもできるし、そこに行くまでの移動手段は自転車だから、スポーツの秋にもなるかな。とりあえず、その方向で楽しむことにします。

投稿者 龍之介 : 23:45 | コメント (4)

2006年09月28日

「アニマルセラピー」

こんばんは、まるです。

北海道は、すかっり秋も深まり、朝、晩めっきり寒くなりました・・・
皆さんの所は、いかがでしょうか。

今日は、アニマルセラピーを取り上げてみました。
アニマルセラピーとは、ご存知のように動物とのふれあいや交流が、人間の健康の質を向上させるセラピー(療法)のひとつです。
アニマルセラピーには、きちんとした定義があって、治療を目的として、療法プログラムに沿って専門家が行う動物介在療法(AAT)とボランティア団体や個人が、病院や施設などに動物を連れて行って、参加者とコミニケーションを図る事でヒーリング効果を導くという動物介在活動(AAA)の二通りがあります。日本では、もう少し範囲を広げて、自宅でペットと共生する事も含めています。
動物に対して、可愛いから触ってみたい→動物に自分の存在を理解して欲しい→一緒に生きて欲しい・・・というように気持ちが変化していき、ヒーリング(癒し)の効果が得られると言われています。
我が家でも、キャバリア・キングチャールズスパニエルと言う犬種(8才)を飼っています。ずっと、社宅暮らしが長くて、それまでにもカメ、金魚などは飼っていましたが、家を持った時、当時小3の娘が「犬を飼いたい・・」と言って、難色を示した夫を二人で説得して、我が家にやってきたのがこの犬で、娘が「ジャズ」と命名しました。我が家の、喜びも悲しみも共にして一緒に時を刻んできたなーという思いです・・・。息子が中学生の頃、反抗期がひどい時もジャズには優しかったですし、娘が不登校になり、引きこもりの状態になった時も、ジャズからの癒しや、活力を貰って、立ち直っていく時に陰から支えていてくれたと思います。
私自身も、ホントに辛かった時期、家に篭りがちになり友人さえも遠ざけていた
時があり、そんな時ジャズは、私の話を真剣に聞いてくれて、涙した時はもう泣かないで・・・と言っているかのように、顔をなめて慰めてくれました。
あの当時、ジャズの存在がなかったら色んな問題を乗り越えられたかな・・
と、ふと思う事があり、犬といえどもその存在の大きさに気付かされます。

犬と人間とは、太古の昔から共存しており、その共同生活が始まったのは、3万年前からと言われ、人間の気持ちをよく理解してくれる一番身近な、動物ではないかと思います。
友人の息子さんの所も、最近犬を飼い始めて少しづつ生きる活力を回復してきて、多分もう少しすると散歩にも出られるようになると、それが外出するひとつのきっかけになっていくのではと思います。

動物が嫌いと言う人は、飼う事でそれがストレスになって、逆効果になってしまいますが、そうでなければ、プラス効果の方が大きいのではと思います。
ただ、それぞれの住宅環境や家庭の事情によっては、なかなか難しい面もあると思いますが、小動物でも良いですから飼う事をお勧めしたいです・・・。
飼うにあたっては、家族間でよく話し合う事や、一旦飼い始めたら、どんなことがあっても最後まで責任を持つ事は、言うまでもありません・・・。

投稿者 まる : 00:49 | コメント (0)

2006年09月26日

鈴虫

鈴虫が鳴いている。
息子が小学校の時教材に付いてきた鈴虫が懐かしく思い出される。
虫が苦手な私としては胡瓜ひとつあげるのもどきどきものだった。
その思いとは関係なしにどんどん殖えていってくれて、
そのうち夜中まで大合唱、うるさくて目が覚めてしまうほどに。
しかし、室温が18度をきったころみんな全滅。内心嬉しい?やら悲しいやら。
近くの空き地に返した。
翌年なんと聞き覚えのある虫の音が聞こえてきた。
あの鈴虫ちゃんだ。卵が孵ったのね。すごい鈴虫ちゃんの生命力。
無常にもその空き地にマンションが建ってしまった。
もう駄目かと思いきや、なんと今でもないている。
が、あの鈴虫ちゃん?

あれから、10年
あっという間に年月が流れていく。

永遠なんてないね。

こうしていても、どんどん流れていく。
どんどん変わっていく。

欲しくて欲しくて手に入れたものも不要になってきたり
価値観も変わっていく。
若さはもちろんの事。
いつまでも家族はこのままでいるものと思っていた。
当然いろんなことが変わっていく。

なにが自分には変わらず残るの。
今を生きているって言う事。

今日一日、今この一瞬を大切に、真摯に生きることだけでいいね。
そして、最後の一瞬まで夢をいつも胸に持ち
その夢を実現する勇気を持って生きていたらOKだよね。
できたら、誰かの心に何か残っていたらもっとOKだね。

投稿者 春野桃 : 22:37 | コメント (0)

2006年09月24日

共時性1

城谷小夜子です。
今浄瑠璃研究会から帰宅しました。
帰るときは、心落ちつかせなくてはなりません。
米津先生のお宅に忘れ物をしました。
明日、取りにいかなくては・・・
その場に自分の心がちゃんとないと、こういうことになってしまいます。
先生は、その人をわたしに紹介したかったんだけれど、
わたしはその人を見た瞬間に、「あわないなぁ」と思ってしまいました。
わたしは、そそくさと帰りました。
折角の出会いのチャンスを逃したかもしれません。
チャンスを逃してもOKだし、生かしてもOK。
今生はたった一度だから、
失敗も成功も、喜びも悲しみもみな味わいたいと思う。
本当に縁のある人であるならば、
またきっとどこかで巡り会うだろう。

シンクロニティ(共時性)を勉強し始めています。
この世は共時性で満ちている。
昨日面白い共時性が起きた。
今制作している芝居は、近松門左衛門の作品で、
大阪・天王寺さんの愛染明王のはなし。
近々、天王寺さんにお参りとロケに行かなくては、と思っていた。
昨日はお彼岸の中日。夫とお墓参りに行った。
お寺は、東京・北千住の真福寺さん。「11時から本堂にて大法会」と書いてある。
「せっかくだからこれに出ようよ」
思えば、これが共時性の始まりだった。
お説教があった。「わたしの友人の天王寺の住職が・・・・」
わたしは、「え!」と驚いた。
お説教のあと、
「今後の芝居は、天王寺の愛染明王さんゆかりの物語なんです・・・」
「大学の一年後輩で、愛染堂の住職してます。わたしの名前をいって訪ねてください・・」
う〜ん、これはすごい助けだ。
天王寺のご住職に直接お会いできるチャンスがうまれた。
大きな力を感じる。
こういう共時性が起きるとき、
「この芝居は世に出していいよ」、という
近松さんからのメッセージと、わたしは受け取る。
作品の名前は『瑠璃姫物語〜賢女手習並新暦より』

投稿者 城谷小夜子 : 18:16 | コメント (0)

旭岳と旭山動物園

 大雪山の旭岳に登りました。
 本格的な登山ではなく、ロープウェーで登り、その後は姿見の池周辺を歩いて回る、1時間ほどの散策コースです。「日本で1番早い紅葉」ということで、何度かニュースでも流れていました。
 その景色は凄かったです。ロープウェーの降り口から少し歩いて見上げると、旭岳の山頂部が見えます。勢いよく蒸気を吹き上げる地獄谷は、何百年も前の崩落の跡らしいです。
 「石の川」と表現するしかない風景もあります。土砂が流れた跡なんでしょうね。
 斜面には大きな岩がごろごろ。激しい火山の爆発で吹き飛ばされたものなんでしょうが、今は驚くほど静かで動きません(当たり前)。
 紅葉の赤、針葉樹の緑、点在する池の青。
 いつもよりも空が近くにあり、景色の向こうには遠く町並みも見えたり。
 アイヌ語で「カムイミンタラ=神々の遊ぶ庭」、というのだそうです。
 イマジネーションをかきたてられる言葉ですよね。
 人の世界を超えた、美しく尊い場所、というような意味なのかなあ、と思いました。
 でも、あんなに寒いとは思わなかった(笑)。ロープウェーで10分間登っただけで、気温は2度。地上より一足先に、晩秋を経験してきちゃいました。

 翌日は、最近、日本で1番人気の旭山動物園に行きました。
 と言っても初めて行くわけではありません。自分の町からもさして遠くないため、子供の頃にも何度か来た場所です。
 昔と変わらない外観(新しい施設は色々増えたけど)に、昔と違って驚くほど大勢の人が行き来するのは、なんだか不思議な光景でした。
 どんな施設があるかはすでに有名ですが、「見る価値がある」っていうのは本とに嘘じゃないですよ。それも「1度は」じゃなくて、何度でも。
 それに、大勢の人が、大人も子供も目を輝かせて、同じ1つのものを見ている光景も感動的でした。
 人は1人1人違うけれど、同じように「凄いなあ」と感じる心を持っている。人間ならば通じ合える部分、って言うのもちゃんとあるんですよね。
 そういう素直な気持ちを思い出せる、っていう意味でも貴重な場所かもしれません。
 北海道の外から来た人には、サービスとか、店員さんの愛想とか、驚くか怒るかするところなのかもしれませんが(笑)。
 次は是非冬の動物園を訪れて、ペンギンさんの散歩が見たいなあと思いました。

投稿者 YUKI : 10:20 | コメント (2)

2006年09月23日

イルカとのふれあい

自閉症の症状の緩和にイルカとのふれあいが効果的である、という新聞記事を
10年ほど前に読んだことがある。
なぜ、イルカなのか。当時はわからなかった。

胎児が母親の声を胎内で聞くとき、高周波であるという。
骨伝導が低周波をカットして、高い波長が胎児に伝わっている。
胎児とのコミュニケーションは高い周波数でとられているのだ。

われわれの先祖である小さな原始哺乳類の聴覚器官は恐竜から逃げるために必死であった。
夜間でも活動できるようにと、わずかな音を見逃さない聴力を手に入れてきた。
そして、音楽を作り上げ、文化を創造した。
しかし、爬虫類のワニにとっては、現代のロック音楽は騒音であり、苦痛である。
ヒトとは聞こえかたがまるで違い、脳に強烈な刺激を与えることになるからだ。。


トマティス療法が、LDやADHDに効果的である、という情報が入ってきた。
モーツアルトの楽曲の高周波成分が、脳全体を活性化させる働きがあるという。
彼らの聴覚器官がもっている機能的な問題に働きかけ、聴覚訓練によって、
右脳の優位性を改善する療法、と理解している。

また、超低周波を長時間からだにうけ続けていると体調がくすれるといわれている。
では、超高周波ではどうだろうか。

投稿者 恵比寿 : 22:30 | コメント (0)

2006年09月21日

親が子を子が親を

  日が暮れるのがすっかり早くなってきて、今朝は寒くて目がさめました。

 最近新聞やテレビのニュースで子供の虐待の果てに殺めてしまったり、
大好きなはずの親をもう二度と会えない存在にしてしまったり、
こんな悲惨な悲しい事件が頻繁に伝えられています。

 私達が当たり前の様にして育っていくという事がけっして当たり前ではありませんね。
人というのはただ人間として生まれただけでは人間らしい生活を送る状態にはならないし、
二本足で歩く事、手を使う事、人に興味を持つ事、言葉を話す事など、
環境が与えられないとこんなことすら出来ない。

 虐待を受けた子供の特徴として、不安定な対人関係で人と関わろうとして
逆に人との関係で混乱しやすくなってしまいます。

 子供は虐待を受けていても親を責めずに親をかばう事が多いです。
こんなに愛しい子供達です。
また、虐待をしている親も傷ついています。

 こんな現代の状況を変えていくにはどうしたらいいのでしょうか。

 子供に対して暖かい環境を継続的に与える努力がとても必要に感じられます。
例えば学校から帰ってきたときにおやつを一緒に食べながら、今日あったことを聞いてあげる。
落ち込んで帰ってきた子の変化に気付き安心できるような言葉をかけてあげる。
ひとりぼっちではないこと、いつでも見方であることを感じさせてあげる。など

 私の一人息子も、あれなんか様子が変わってきたなと感じたときに、
本人いわく話しても話を私がよく聞いていないとむくれていたときがありました。
もう18歳になり、私よりも足も身長も高くなっていますが、これから将来にむかっての不安もあるのでしょう。
やはり家庭は安息の場であり、だらっとできる環境にそれと美味しいご飯作りを私は一番にしています。

 簡単にはいかない人間関係の中で人間が育っていく事。
場合によっては、繰り返される虐待に傷ついて人間関係を結ぶのが下手になっていく子供達も
いるけれども、逆にそこの所に継続的な愛情を注ぐ事によって救い出す事が出来ます。
子供の悲しい顔を作らないように、子供達の笑顔をみんなで守っていきたいものです。

投稿者 春野桃 : 10:25 | コメント (0)

省エネ階段登法

自分の中で、健康に気を使っていることの一つに「なるべく階段を使う」という取り決めがあります。
そう思うようになったきっかけは、第一に「老化は足から来る」という話を聞いたからです。本当なら、毎日ジョギングするなりして、体を鍛えるのが一番いいのですが、なかなかそういう時間がとれないもので。ちなみに、ジョギングをするときは1日30分から1時間ほどやらないと効果がないらしいです。足腰の強化にしろ、ダイエットにしろ。

第二に時折階段がきついと感じるようになったからです。軽快なフットワークに衰えが見えるのは何ともショックな話で、これは何とかしなくちゃいけないと思い、エレベーターやエスカレーターを控え、階段を多用することを決意したのです。

そんな矢先、階段を楽に昇れるコツがあるというサイトを発見し、早速覗いてみたところ、コツを学ぶことに成功しました。そのサイトによると、古武術の演舞の一つを応用するみたいなのですが、方法は意外と簡単で「手と足を同時に動かすだけでいい」とのことです。
要するに、ロボットのようにぎこちない行進をしろということなんでしょうけど、これを試そうとしたところ、頭では意識しているのに、うまく動かすことができませんでした。どうしてもちゃんとした行進になってしまい、「合わそう、合わそう」とやってみても、体は無意識にバラバラに動いてしまい、あえなく失敗。

そこで、両手でそれぞれのズボンのポケットの部分をつかみ、それで手と足を同時に動かそうとしたところ、なぜか足がひょい、ひょいと進むではないか。一歩上ったら、すぐに次の一歩が進み、まるで後ろから誰かに押されているかのようにスムーズに進むことができ、とても便利。気が付けばニ階から六階まで労せず行くことができました。これはやみつきになりそう。
特に道具も必要としないし、誰にでもできるので、日常生活でも十分役に立つのではないかと思います。ただ、傍目からは変な動きに見られるので、多少羞恥心捨てる覚悟が必要となりますが、それを差し引いても試してみる価値はあると思います。ちょっとでもやってみたいと思った人は、是非、一度試しあれ。

余談ですが、新しくできたデパートなどで、階段が目立たない位置に設定されている気がするのは気のせいでしょうか? 非常時に非常階段を探すときなどに、迷わなければいいのですが。

投稿者 龍之介 : 01:02 | コメント (2)

2006年09月20日

ヒトはかつて水中で生活していた

ヒトはかつて水中で生活していた。


ヒトは水中で出産ができる。
這い這いするよりも、泳ぐほうが得意である。
赤ん坊は、決しておぼれない。口や鼻が呼吸器を水から防ぐようにできている。
手に水かきの跡がある。

深さ100メートルの海中に潜ることができる。
肺に空気を入れたままで潜ると、海中でパンクする。
だから、肺をつぶし、酸素を筋肉や内臓に蓄えることで潜水が可能となる。

ヒトは裸である。
イルカも鯨も哺乳類だが体毛がない。
体温の保温のための体毛は水中では不要となり、消えてなくなった。

いまでも、イルカを利用した漁をしている部族がある。
彼らは、網を、もたない。釣りをしない。
しかし、イルカと話をして、イルカに漁をさせ、魚を浜辺に追い込み、
そして、手づかみで漁をする。
イルカとの共生だ。

しかし、なぜ、イルカがヒトのために漁をするのか。
おぼれかけたヒトをイルカが助けることがある。
きっと、海中で一緒に生活した時代があったからではないか。

投稿者 恵比寿 : 20:19 | コメント (0)

2006年09月17日

「水谷先生の講演会に行く」

こんにちは・・まるです。

昨日は、カウンセラーの友人の1人と、北海道学校保健会、学校薬剤師会主催の水谷 修先生の講演会に行ってきました。先着350名までと言う事でしたので、早めに友人と待ち合わせ、会場で並び、運よく席も前列の方をゲット出来ました。

開始まで時間があったので、会場から出て友人と雑談していると、これまた運よく水谷先生がいらして、「こんにちは」と気さくに声をかけてくださって、短い時間でしたが、直接お話する事が出来ました・・・

全国を講演会で飛び回って、お休みは月に1,2度しかない事、稚内で事件があり明日は、稚内でも講演があること、20日にHBCテレビで放送があるので、見てください・・・など話して下さいました。お体の事が心配だったので、お尋ねしたら、なんとかやってます・・・とおしゃってました。

そして、講演会・・・先生の著書を読んだり、TVの特集を何度か見ていましたが、直接お聞きする先生のお話に、ご自身が病を抱えておられるのに、パワーやエネルギーを感じましたし、子供達を取り巻く危機的状況は、私達が考えている以上に本当に深刻なのだと言う事を、改めて実感しました。
先生が、子どもを褒めていますか・・・あなたの家庭は、温かくて癒される家庭ですか・・・今日は、帰りにケーキでも買って、子どもをいっぱい褒めてくださいね・・と言うようなお話をされた時、前日、夫とちょとしたことから口を利いていなかったこと、最近、更年期障害という言葉を口実にして、ちょっと家事を手抜きしていたこと、自分
のやりたいことばかりを考えていて、我が子を褒める事なんてしていなかったこと等反省ばかりが浮かんできました・・・「そうだ!帰りにケーキを買って帰ろう・・・」と講演会終了後、ケーキをお土産に真っ直ぐ帰宅しました。

で・・・美味しいケーキを3人で食べ、息子の分は冷蔵庫へ・・・夫の機嫌も何となく直ったような・・・娘に「○○ってさ・・(名前を呼び)性格凄く優しいよね〜」と言ってみたら、「どうしたの?急に・・・私は、そうゆう煽てにはのらないよ〜」と返されて失敗・・・

夜には、BSで井上陽水のスパーライブを見て、青春時代のセンチメンタルな気分に浸って歌を口ずさんでいたら・・・横から娘が「お母さん、ブログ書かなきゃって言ってたけど、もう書いたの?」と奈落の底へ突き落とすひと言を浴びせられ・・・・「そっ、そうだった・・・」と言う訳で・・・今日になり、最近遅れがちな事も深く反省しています。

水谷先生の講演会の話題から、横道に外れてしまいましたが、先生のような生き方は出来ないけれど、私に今出来る事をひとつひとつ積み重ねていこう・・・そんな風に思っています。
我が子を社会に送り出す事、カウンセリングに来てくださる方に真剣に向き合っていく事、ボランティア活動の部分をもっと充実させていくこと、もっと自己研鑽を積んでいく事・・・・子供達を取り巻く危機的状況の中、我が子を含めて、SOSのサインに気付いて、言葉を掛けられる大人のひとりでいたいと思います・・・。

 色んな反省をしつつも、頑張ろうとまた新たな気持ちにさせてくれた・・そんな一日になりました。

投稿者 まる : 13:26 | コメント (1)

9月11日〜17日

城谷小夜子です。
今から事務所に行って、遅れている和の輪会報の発送作業。
なんとか今日中に700通は出したいと思っている。
11日・・・・・
今取り組んでいる近松の
「賢女手習並新暦(けんじょのてならいならびにしんごよみ)」
の台本第1稿がやっとできたのが火曜日。
12日・・・・・
読み合わせ稽古。
あと20分程度カットする必要あり。
13日・・・・・
明日の準備。
14日・・・・・・
和の輪の創立5周年の感謝の会。
朝大雨だったが、雨があがり、涼しいくもり空となった。
和気藹々と60人集う。
わたしはどれほどたくさんの人たちに応援して貰ってきたのか、本当に有り難い。
小松左京先生も、孫福先生も来て下さり、「よくやってるね」と言って下さった。
わたしは一人じゃない。
15日・・・・・・
午前中、昨日のお礼の電話を60人にかけたが、みなさんとても喜んで下さり嬉しかった。
「つかれたでしょう」
「いいえ〜、一番楽しんだのはわたしかもしれません。」
どんなことからも楽しいことを見つける。
午後浅草へ。京都から来ていた父と、できあがった位牌を滝田商店に取りに行く。
うちの彼が、父に浅草を案内しようと、会社を早引けしてくれた。
まさか仏壇を買うことになるとは思っても見なかった。
浅草は浅草寺があるので、仏具屋さんが軒を並べている。
わたしが線香立てを隣の店で買っている間に
彼は別の仏具やさんに入って年配の女性の店員さんとはなしていた。
わたしも入り、一つの仏壇を見た。
「これ、いいよね。これにしようか」と彼とその場で決めた。
その店員さんは、文字を間違って書いたり、金額まで間違ったりしながら
文脈のわからないはなしをした。
「不思議だったんですよね〜。
ほら、さっき着物を着て立ってた女の人いたでしょ。
あの女の人は霊感が強いらしいんですよ。
ほらおたくさんの前に店にいた人・・・」
その人の言わんとすることはこういうことらしい。
”その霊感の強い着物を着た女の人が、うちの彼を店に呼び込んだ”
しかし、うちの彼は着物の女の人を見ていない、という。
う〜〜ん、誰だったんだろう??
人の生死に関わるところには、科学では計り知れない摩訶不思議なことが
たくさんおこる。こころや感情、音、風、見えないけれど確かにある。
見えるものだけでこの世はできているんじゃないということだ。
新しい仏壇は、ずっと前からあったように、ぴったり家に収まった。
16日・・・・・
北千住の真福寺で七七日の法要。
親戚が18人集まった。
位牌も間に合い、ご住職からお墓のことも大丈夫だという話が出た。
ほっとする。
これから、分骨されている義父のお骨を兵庫に取りに行くこと。
改葬の手続きをすること、
真福寺さんに正式に檀家としてお墓を建てること。
うちは娘が一人なので、あと娘が困らないようにすること。
まだまだやることがたくさんあるが、こうして元気なうちに
死後のことをちきんとやっておくことは大事と思う。

そして17日今日からまたあらたな1週間が始まる!

投稿者 城谷小夜子 : 08:03 | コメント (1)

2006年09月16日

コミュニケーション失敗例

 ここ数ヶ月、歯医者さんに通っています。
 先日(と言ってもけっこう前)、ふとしたことから、お医者さんと険悪ムードに。わかりやすく言えば、喧嘩をしてしまいました。
 自分はいい年をして何をしているんだろうと落ち込み、サツバツとした気持ちにもなりました。

 それにしても、他人様と喧嘩したことなど随分と久しぶりです。せっかく(?)なので、色々と考えてみました。というより、考えないと落ち着かなかったのです。いわゆる「気持ちの収拾をつける」というやつです。

 まず、感情というのは目に見えないものですよね。心は無色透明。
 「怒り」とか「不満」とかわかりやすそうなものですら、案外気がつかないことも多い。
 歯医者さんの例で言えば、「もっと治療法のこと説明してほしいなー」とか、「いつまでかかるのか教えてほしいなー」とか、いろんな不満が知らないうちにたまっていたのかもしれません。
 そのことに自分で気づいていれば、もっと慎重に言葉を選ぶこともできたかもしれませんが、私はあまり自覚していませんでした。
 そのため、お医者さんの一言に対し、つい不用意な発言をしてしまったという面もあったかな、と思いました。

 もうひとつ、言葉というものは何らかの意図があって発せられることが多いですよね。
 私は「事実を口にした」だけのつもりでも、相手にとっては「責められた」と感じられることもあります。
 「本当のことを言うと悪口になる」と言えば、誰でも身に覚えのあることかもしれません(笑)。
 コミュニケーションの難しいところ・・・・・・だと思うのは私だけでしょうか。
 このため、時には相手の他意のない言葉を深読みしたり、あるいは思慮が足りなかったりで、揉め事に発展してしまうんですよね。
 私はけっこう馬鹿正直に、言葉通りのことをしゃべったつもりで知らぬ間に相手を怒らせている、ということがありました(笑)。

 ちなみに「責められている」と感じると、心に余裕がない限りはハリネズミ状態になります。つまり、身を守ろうとして自分も攻撃的になるんですね。
 歯医者さんもそうだったのだと思います。でも、その時の私には、相手が憮然としている理由がわかりません。つまり、通じていないのです。
 こうなると後は、マイナス感情の拡大再生産です。コミュニケーションは失敗。結果、お互いに不快な思いをした、と。

 「嫌なことはさっさと忘れる」というのが私の主義です。でも、どうしても気持ちの収拾がつかない時は、状況の分析を試みるのもひとつの手だと思います。
 ただ、この方法の欠点(?)は、冷静になって考えてみると、ほぼまちがいなく「自分にも悪い点があった」と気づいてしまうことです(泣)。
 喧嘩して落ち込んでいる時に、「そうかー、やっぱり私も悪かったのかー」と気づくと余計に落ち込むんですよね。
 人同士の揉め事って、交通事故みたいなもんで、一方に百パーセントの過失がある場合っていうのはめったにないのかもしれませんね。ないわけじゃないですが。

 ちなみに件の歯医者さんですが、治療の途中でやめるわけには当然いかず、後日また行きました。
 さいわい、先生たちは何もなかったような顔をしてくれたので、ホッとしました。(むしろ気を使わせちゃったみたいで悪かったです・・・・・・)
 ただ、なんとなーく態度が変わったような気のする先生が若干1名。
 「根に持つ」っていうのは・・・・・・こういう場合、1番ヤバイ選択肢だよなー、と思いました。以上。

投稿者 YUKI : 10:07 | コメント (2)

2006年09月12日

秋 相馬博士を偲んで

 コスモスの花が風そよぐ秋に 

ふっと相馬先生の本を手にしてみました。
昨年すい臓がんと闘いながら他界された「私の愛する北海道農業」という言葉が口癖だった相馬先生です。
相馬先生の語りがそのまま本になっていて、懐かしさでいっぱいになりました。
とはいってもお会いしたことは一度もありません。地方のテレビであの「奥さん」と呼びかける語りには距離感がありませんでした。
 
 家庭菜園のための土地もなんとか手に入れ、私も折り返しの人生を自然の中で送りたく読んでいると、胸が熱くなり感銘しました。
 中でも、「ゆっくり育つ」意味があるということをホウレンソウは冬が旬として書かれていました。
夏場の早く育つホウレンソウに比べて、ゆっくり育った冬のホウレンソウのほうが中身が濃い。
子育ても同じでなにも急ぐことはない。苦労し、不器用でもまっすぐに生き続けた人には中身がある事。
自然の中で、心豊かな人の中で、冬のホウレンソウのようにゆっくり育てる事もよいものと。
 そして自分を大切にし、人間の旬は、生理的な年齢ではなく、心の持ち方であること。
挫折を恐れず、いつでもゼロからやり直す勇気を持ち、希望を掲げ、ありたい自分を探し求めることの大切さが書かれていました。
                                       
 私も不器用な生き方しかできないので、本を読んで涙がこぼれてしまいました。先生の笑顔が浮かんできます。
相馬先生の遺志である地球に優しい、人に優しい、野菜を育て手料理を作り心寂しくしている人に食べてもらいたい。

 相馬博士のように、亡くなられた後も人の心に残るという事が生きた証かな。
こんなふうに生きてみたいと思った秋の一日でした。

投稿者 春野桃 : 13:14 | コメント (0)

最近読んだ本の話

先日、東野圭吾の『容疑者Xの献身』を読了しました。
個人的に東野圭吾は好きな作家の一人で、この本以外にも何作も読んでいます。魅力は何と言っても、ラストに読んでいる人をあっと驚かすような奇抜なトリックが隠されているものが多いことですね。その巧妙なトリックに惹き付けられています。この作品も例に漏れず、「まさかこういう展開に持ち込むのか!」と意表を突かれてしまいました。

『容疑者Xの献身』は、テンポがよく、話の内容に引き込まれたせいか、スラスラと読め、気がつけばラストまでたどり着いた感がありました。また、この本を読む前に読んでいた『白夜行』のボリュームが多かったせいか、正直物足りない程でした。ただ、『白夜行』は約860ページなのに対して、『容疑者X〜』は約350ページなので、物足りないと感じるのもやむを得ない話なのですが。 
愛する人への献身という点で『白夜行』と通じているし、教師が主人公という点に関してはデビュー作の『放課後』などとのつながりがあったことも、東野作品を読んできた身としては、読みやすかったことの一因かもしれません。もちろん、読んだことがない人でも十分楽しめる内容になっておりますのでご安心を。

本当なら、新聞に載っているような書評めいたものを書きたいところなのですが、うっかりネタをばらす訳にもいきませんし、その辺のさじ加減が難しいので、黙っています。現在読んでいる人やこれから読む人の興味を、半減どころか完全に打ち消してしまう訳にはいかないので。
それでも一つだけ言うならば、巧妙に伏線が張り巡らされているので、トリックを解く上でも、最初の一ページ目から注意深く読むことをお勧めします。

ただ、これは、別にこの作品に限らず、ミステリー作品全体に言えることかもしれません。別に奇抜なトリックじゃなくても、Aと思ったものが実はBだったり、AじゃなくBじゃないかと思わせて、やっぱりAだったりと、思い込みや先入観を揺さぶることで、ミスリードへと誘うことが多いのですし。フーダニット(犯人当て)もののミステリーで犯人の予測を見誤らせるのも、この辺の描写が大きいようです。
ちなみに、このようなミスリードを回避するためには、幅広い視野で物事を見る必要があるという話を聞いたことがあります(一つの視野だけでなく、違ったアングルで見ると、意外な形で真相が見えるとか)。
そのためのトレーニングの一つとして、目の前のある物(何でもいいです)に対して思ったことを、なるべく早く十個以上挙げる、というのがあります。
例えば、自分の腕時計であれば(.▲淵蹈絢亜↓▲丱鵐匹凌Г蝋、バンドは皮でできている、な源盤の色は白、ゥ瓠璽ー名が書かれてある、ΡβΔ膨汗阿垢襪佑犬ある、長針と短針は白いが、秒針は赤、文字はアラビア数字、バンドの部分にしわができている、英語で防水性と書かれている)といった具合に、思いついたことを挙げていくのです。
簡単そうに思えますが、これが意外と難しい。でも、こういう練習を積むことによって、脳力も鍛えられ、脳年齢も若さを保てるらしいです。それに、ちょっと時間があるときの暇つぶしにもなりますし、意外と便利ですよ。これもまたお勧めです。

投稿者 龍之介 : 00:17 | コメント (0)

2006年09月11日

引き出しの中の宝物

今から8年ほど前に録音された、マイクロテープがでてきました。
引越しのときにも捨てられず、残されていたテープが、そっくりでてきたのです。
数えてみたら、60分用で26本もありました。日付が記入されていて、2ヶ月間で録音されています。

早速、今では旧式のマイクロテープレコーダーを買ってきて、それを聞いているのですが、よくまあ、飽きもせずに26時間もしゃべったものだなあ、と感心しています。

懸命に訴えている声は、訥弁だけれども、話の間や抑揚で気持ちが表現され、結構「うん、うん」と、うなずきながら、当時の自分に耳を傾けている日が続いています。


引き出しの中の宝物のひとつです。

投稿者 恵比寿 : 00:42 | コメント (0)

2006年09月10日

富士急ハイランドの旅

さっき無事帰宅しました。
昨日の朝から、富士急ハイランドと富士サファリーパークへ行ってきました。
「お母さん、土日車あいてる?」
この一言から、この旅が始まった。
娘の高校の時のお友達5人で、自家用車で山梨県に行くというのだ。
しかも首都高速に乗って!
「誰が運転するの?路肩ないんだよ、車線変更だって難しいし!」
このところ、日本中でおかしな事件が続いているし、
東京や高速を運転したことのない若い娘達5人を行かせるわけにはいかない。
「あたしが運転でついていく!」と宣言して、
7人乗り2400CCのイグサムのレンタカーでついていった。
山中湖の畔の宿に荷物を置いて、夕方から静岡県の富士サファリーパークへ。
バスに乗って1周する。説明が抜群。ちょっとした物知りになった。
帰りの山道、真っ暗で、ナビがなかったら、多分宿に帰れなかっただろう。
今日は、朝からみんなは富士急ハイランド。
わたしは一人別のホテルで、台本書き。
午後4時半に連絡が入り、一路帰路へ。
新宿で下りたい真由ちゃんのために、中央自動車道を選択。
相模湖で自己渋滞12キロ。
のろのろ運転が続いたが、なんとか石川のパーキングでちょっと休み、
午後9時45分、全員を家まで送り、小百合とわたしも10時過ぎに帰宅。

わたしは、家にいたら、この2日間、ず〜っと心配していなくてはならなかったから、ほっとした。
のぶこちゃんも、みずきちゃんも、まゆちゃんも、つぐみちゃんも、うちの小百合も、みんないい子。
類は友を呼ぶ。
みんなと一緒に行けて、仲間にいれてもらい、嬉しかった。
ひさびさの富士山は雄大で美しかった。
みんなには大いに感謝されたのだけれど、
多分一番嬉しかったのは、私だった。

投稿者 城谷小夜子 : 23:21 | コメント (0)

2006年09月09日

パソコンて・・・

 パソコンが久しぶりにトラブルを起こしました。
 幸い、数日で復旧することができました(お金もかからずにすみました)が、考えてみるとこのパソコン、私の持ち物の中では1番の金食い虫くんです。
 買った時からして高いなーと思ったけれど、ある程度使えるようになるのにも、お金、もしくは手間がかかっています。学校で習えなかった世代なので辛いです。もうちょっと、遅く生まれていれば・・・・・・。

 基本的にパソコンは好きです。
 子供の頃からゲームに親しんできたおかげで、年配の方が感じるような心理的抵抗、または苦手意識のようなものはありません。
 でも、たまに何て物分りの悪い奴だと思うこともあります。
 世界の企業さんは、誰でも使える家庭用パソコン、とか作ってくれないんでしょうか。または、人語を解するパソコン、でもいいんですけど(笑)。

 なんとなく必要になり、行き当たりばったりで使ってきたけれど、パソコンて、実は寿命も短いのですね。
 この前、「5年くらい」という話を聞いてひっくり返りそうになりました。
 あんなに高いのに、メンテナンスに手間もお金もかかるのに、5年!?
 「モノ」に対する概念や常識が覆りそうな感じです。
 買ったときに教えてよ、という感じですが、あの電気屋さん、もうつぶれたしな・・・・・・。

 「もっとうまい付き合い方」を覚えるためには、まだまだ時間がかかりそうです。
 仲良くしよう、マイパソコン。

投稿者 YUKI : 09:58 | コメント (2)

2006年09月06日

「はじめの一歩」

 ● こんにちは、まるです。北の大地に吹く風は、もう秋の気配です。
  このブログに参加するようになって、他の方々のブログを読んでは
  元気や勇気を貰ったり、癒されたりしています。

   さて、今日はちょっとお知らせです。

  カウンセリングに来られている当事者の人達の、居場所作りを始め
  ようと思っています。人との関わりが苦手だったり、人の視線が凄く
  気になったり、自分に自信が持てなかったり、自分が好きになれな
  かったり、自分の思いを上手く伝えられなかったり・・・と皆、それぞれ
  に生きづらさを抱え、新たな一歩を踏み出す勇気を、中々持てずにい
  ます。

  今は、何の計画も立てていません・・・まずは、同じように悩みを抱え
  ている人と、同じ空間、同じ時間を共有する所から、始めてみるつもり
  です。

  知らない場所へ出かけていく事や、知らない人と話す事は、とても勇気
  のいることだけれど、それぞれが動き出すひとつのきっかけ作りになれ
  ばと思っています。ちょっと古いですけど、「赤信号、みんなで渡れば
  こわくない・・」(赤信号は、ヤッパリ渡っちゃダメですけど・・ね。)
  1人では、中々勇気が出なくて動けなくても、みんなと一緒なら動ける・・
  そんな仲間作りができたらなぁ〜と思います。

  何よりも、集まる事が楽しみになってくれたら本当に嬉しいのだけれど・・

  焦らず、焦らず・・・ゆっくり、ゆっくり・・・始めの一歩、いや、半歩を踏み
  出そうと思います。

  札幌市内、あるいは近郊の方で、参加してみたい方がいらしたら一緒
  に踏み出してみませんか・・・・
  参加料はかかりません・・・詳細について、お知りになりたい方は、シンク
  プロジェクトまでお問い合わせ下さい。

投稿者 まる : 07:07 | コメント (2)

2006年09月04日

友達の友達はみんな友達

夫の友人のブログをよく見ています。
とっても暖かで心の深さを感じられる、ありのままの日常が書かれています。
最近ご両親の介護に悩まれている事が書かれていました。
励ましのメールを書こうと思いたちました。
しかし、夫と私は9歳離れています。夫の友人ですし、私がメールを書くのはどうかな?
でも、勇気をだして励ましのメールを送信。

次の日暖かな言葉がいっぱいの返信が返ってきた。
励ました私が励まされた。

これだあの時勉強したあの事だ。
勉強していた時には、なにこれ何のこと。って思っていた。
人生のために描く計画の脚本の事を思い出した。
人生を無難に生き、大きな成功も失敗もせず、勤めあげるような人の脚本を勝ちも負けもしない脚本と呼ぶ。
そうだこれもそうだ
メールを出して変に思われたれ嫌だなとか、返信がこなかったらとか考えていたなら何もできなくなる。
なにも変わらない。
こんなこともそうだよね。

あったかい言葉に触れられるっていいよね。元気になれる。人が好きになれる。

なんでも失敗を恐れていたら、無難を選んでいたら、チャンスを逃してしまう。
そうだ、勇気だ。
なんて、暖かなメールで元気が出て、私の小さな日常をおおげさにです。

でも、夢を形にするために何よりも大切な事は実行する勇気を持つ事。
そうだ勇気だ。

でも腰が痛い肩が痛い。でも夢を追う事は楽しい事。楽しい事。

投稿者 春野桃 : 20:02 | コメント (2)

健康でありたい

皆さん、いかがお過ごしでしょうか? 気持ちの上ではまだ十代の龍之介です。
夏の甲子園の高校球児の溌剌とした姿を見て、ちょっとそれにあやかろうと思い、せめて気持ちだけは若いままでいようと悪あがきをしております。少なくとも自分がそう思っていれば、多少は若いままでいられそうな気がするので。

そういうことで、今回はこんな話です。
以前通院していた歯科医院から定期検診のお知らせが届いたので、見てもらうことにしました。すると、新たに虫歯があるとのことで、再び通院する羽目になってしまいました。
虫歯を早期発見できたと考えれば、ある程度は仕方ないかと思うのですが、いかんせん歯医者が苦手な身なので、正直気が重いです。

歯医者の何が嫌かと言うと、あのチュイーンと削るドリルの音が苦手だから……ではありません。昔は嫌だったけど、今となってはさほど抵抗は感じなくなっております。
むしろ、歯医者の先生と見つめ合うと、気まずくなることの方が大きいです。だから、治療中は極力目を閉じています。それと、瞳を閉じて、かつ大きく口を開けている自分の姿を客観的に想像すると、恥ずかしくもあるので、それが嫌と言う気持ちも多少あります。
でも、何が一番嫌かというと、お金がかかること。一回行くだけで、野口さんが2〜3人羽をつけて逃げていくので、すぐに財布の中のお金が消えて行きます。虫歯よりもこっちの方が痛いです。

こういう時に、改めて健康体であることの大切さが身に染みます。今までの人生で、大病をした経験がないせいか、ちょっとしたことで病院(今回は歯医者ですが)に行くだけでも、健康のありがたみを感じるのです。
健康を維持することは普段は疎かにしがちですが、健康状態を失って、その存在の大切さを感じるものとしては、最たるものではないかと思います。
若さを維持するため、いつまでも元気に過ごすため、治療費を浮かすためにも、今後は今まで以上に健康に気を付け、病院とは無縁の世界を送りたいと思う今日この頃であります。
お金を節約するために一番大切なことは、病気をしない体を作ることだと、今回の通院を経て再認識しました。それがたとえ些細な虫歯であっても。
問題はどうやって健康な状態を維持するかですが、虫歯に関しては甘いものを控えて、ちゃんと歯磨きをする以外に手立てはなさそうです。甘いものは疲労回復には欠かせないけど、しばらくは我慢しないといけないな。それと、ちゃんと鏡を見て歯を磨くことにします。

投稿者 龍之介 : 10:48 | コメント (2)

2006年09月03日

フリーマーケット

城谷小夜子です。

昨日は、娘がフリーマーケットに出店するというので、運転手でおつきあい。
うちの娘は好奇心旺盛。
お友達5人で来週遊園地に行く資金を、ちょっとでも得ようと、急に思い立ったとか。
このこと一つとってもりっぱ。

金曜日の夜に、洋服をいっぱい我が家に持ってきて、つぐみちゃんと私の3人で夜中に準備。
姿見、かご、紙袋、ゴザ、ハンガー、洋服かけ、スーツケース・・・
すごい分量の洋服やバッグ、ぬいぐるみ、積み込めるのかしら・・・

朝7時半に出発。
うちの彼も、もちろん同乗。娘と友達のつぐみちゃんの4人で、松戸から代々木公園へ。
なにしろ、暑い。
受付番号は35番。200番中だから早いほう。
が・・・場所は最悪!1日中炎天下。日陰に全くならない場所。

わたしは、車を置いて地下鉄千代田線で帰宅。
家に帰るが、気になって仕方がない。
何度も彼に電話。「どう?売れてる?」「暑いんじゃない?」「大丈夫?」
一緒にいればよかったな・・・・
ちょっと後悔。

午後5時半に3人は無事帰宅。
うちの娘が、代々木から松戸まで、山手通り〜新宿〜浅草橋〜6号線を通って一人運転で帰ってきた!
すごい〜〜〜。東京横断。

純利益1万円也。最高額400円、最低50円でこの金額になったのだから、
初めてにしては良く売れたといえる。

うちの彼もはじめてフリーマーケットにつきあって、
「人間模様を見させて貰った」
と、感心して帰ってきた。

非日常的な体験は
人生の醍醐味ね。


投稿者 城谷小夜子 : 21:29 | コメント (2)

2006年09月02日

夕焼けがきれい

久しぶりに、上空から撮影したビデオをみた。
エンジンの音がバックグラウンドミュージックだ。
高度10メートルで景色が動き、川を越える。
太陽を背に、眼下の砂浜に自分のシルエットが映っている。

急に、飛びたくなり、居ても立ってもいられなくなった。
車を飛ばし、いざ海岸へ。
胸高鳴らせ、血沸き、肉踊る心地。
待ち遠しくて、楽しみで、わくわく、どきどき。

ついに、到着。
風はよし。
さっそく、吹流しをたてる。
ユニットを組み立てていると、物珍しそうに、おじさんが近寄ってくる。
話の相手をしながら、準備を終える。
ユニット準備よし。エンジンの調子もいい。
GPSよし。高度計よし。
キャノピー立ち上げよし。

そして、いきなり、気中の人となった。
高度10メートルを維持し、装備のチェック。
すべてよし。

一気に200メートルまで上昇する。
青空と海が広がる絶景。
眼下には、ゴマ粒のような人たち。

予定のポイントでスパイラル急降下。

高度20センチメートルの超低空飛行。
波うち際の白い泡の波を追いかけながら遊ぶ。
遊泳禁止のポールでスラローム。
途中、浜で、草野球をしていた小学生が、動きがとまったまま、注目。
不意の訪問者に、あっけにとられた様子。
川の中州で遊ぶ親子連れ。
ベンチでたたずむアベック。
Uターンしている観光バス。
次々と移り変わる風景。
犬がほえながら追いかけてくる。
ここまでおいで!
心ゆくまで、低空飛行を楽しむ。

そして、再び高度を上げ、動きのない静の世界に入る。
空一面に広がる夕焼けに染まった雲を仰ぐ。

きょうは、飛行三昧、至福の一日でした。

投稿者 恵比寿 : 22:17 | コメント (2)

映画『ゲド戦記』を観て

 遅ればせながら、映画『ゲド戦記』を観てきました。
 知らない方のために念の為・・・・・・この映画は現在公開中で、スタジオジブリの長編アニメーション映画の最新作です。
 スタジオジブリは、アニメーション製作スタジオで、代表作は宮崎駿監督の『となりのトトロ』『千と千尋の神隠し』他多数。

 私は昔からスタジオジブリの、というより宮崎駿監督の作品が大好きです。
 今の若い世代には、子供の頃に宮崎作品を見た、という人が多いのではないでしょうか。『アルプスの少女ハイジ』かもしれないし、『未来少年コナン』かもしれないし、『風の谷のナウシカ』かもしれない。
 宮崎作品は、この世代の宝物で、そして、懐かしい友達みたいなもの。もちろん、大人になってから観たって面白いのは言うまでもありませんが。

 今回の『ゲド戦記』は、宮崎吾朗さんという人の第1回監督作品、ということで、新鮮な気持ちで観に行きました。
 「この不安な世の中に、まっとうに生きるとはどういうことか」というテーマ。
 「気がついたらこの映画の世界観は、生きていくにはあまりにも息苦しい、完成度が高い現代社会を映すようなものになっていました。」という、監督の言葉。
 でも、それより何より、アニメとして、物語として、とっても面白かったです。
 是非、たくさんの人に観てほしい。

 このサイトに来る人なら、現代の生きづらさみたいなものを感じたことのある人が多いと思う。そして、その「生きづらさ」を実感したことのない人に、それを伝える難しさも。
 この映画は、けっして説教くさい話でも、理屈っぽい話でもないですよ、念の為。
 なんていうか、その「息苦しさ」にすごく実感がこもっている。監督の心が直接痛んでいるような。
 30代後半の宮崎吾朗監督も、けっこう、「今時の若者」なのかもしれません。(笑)
 そして、監督自身も、宮崎アニメを見て育った世代なんですよね。映画を観ていると、なんとなくそれが感じられる気がします。

 それに、いろいろなことを考えさせてくれる映画でもあると思います。特に若い人にいっぱい見てほしい。そしていろんなことを考えてみてほしいです。
 上記のように、とにかく映画としても面白いですから。

投稿者 YUKI : 10:10 | コメント (0)