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2006年12月28日
今年ももう終わりですね
皆様、いかがお過ごしでしょうか。年末年始は帰省することにした龍之介です。温泉に連れて行けなかったけど、久しぶりに両親に元気な顔を見せるのも一つの親孝行じゃないかなと思っています。さすがにお年玉はもらえませんが(むしろあげる側なので)。
気がつけば2006年もあと数日。いよいよ年の瀬という言葉がピッタリ合う時期になってきました。
ところで、年の瀬を実感するときと聞かれて、何を思い浮かべますか。
私は、スーパーで買い物しているときに、店内の棚がお正月向けの商品でズラーっと並んでいるのを見ると、年の瀬を実感します。
特に、クリスマスの翌日になった途端、クリスマスなど存在しませんでしたと言わんばかりに、店内のムードが一変したのを見ると、「あぁ、もう年の瀬なんだな」と感じるのです。
クリスマスのチキンやケーキが並んでいた棚には、おせち料理や鏡餅が並び、店内の音楽も「赤鼻のトナカイ」や「ジングルベル」から、「お正月」や「一月一日」などに変わるなど、クリスマスの余韻に浸ることすら許されない程の激変ぶりには、正直ついていくのが大変です。
それに、クリスマスからお正月までのたった1週間で、こうも雰囲気がガラッと変わると、違和感がありますね。おまけに、残り物のクリスマスケーキなんざ、どこに行っても手に入りませんし(ちょっと狙っていた)。むしろ、お汁粉でも作れといわんばかりに、餅とあんこが安売りしていたぐらいですから。まぁ、お雑煮にはちょっと早いし、別にいいかなと考えてしまい、買ってしまいました。頭の片隅では、ケーキにも未練を残しているんですけどね(苦笑)。
さて、私のブログは今回で年内最後となります。
ここでブログを書かせて頂くことになってから、早5ヶ月。当初は、三日坊主にならないことを目標にしてきましたが、何とか継続することができました。これも、じっくり読んでくれた方からちょっと見ただけの人まで、一読してくださった皆様の支えがあったからだと思います。ここでの素晴らしい出会いがあったからこそ、現在まで続けられることができました。本当に感謝しております、ありがとうございました。来年以降もこのような素晴らしい出会いがあることを期待して、2007年を迎えたいと思います。
そういうことで、来年も一人のカウンセラーと言うよりは、龍之介という一個人の視点で、日常から何気ない話題を掘り起こし、気楽に楽しんでもらえるようなブログを書いていきたいと思います。
それでは、よいお年を。また来年お会いしましょう。
2006年12月25日
飛び納め
いよいよ今年も飛び納めとなりました。
一年間、無事故で飛ぶことができました。
けがもなく、無事に過ごすことができました。
天空の神様に感謝いたします。ありがとうございました。
10年飛んでいますが、「ひやり」、とすることが結構ありました。
ひとつの事故が起きる前には、事故につながる30の小さな事件が起き、その陰には、事件のもととなる301の些細なトラブルが見え隠れしています。
「大丈夫」という言葉を使うと、「事故は絶対にない」と誤った合理化をしてしまいます。
それは、ある種の「魔法の言葉」です。
その言葉を聞くと、安心しきってしまうからです。
自己暗示に陥り、事故につながる兆候を見逃し、気づくことがありません。
だから、大切なのは、客観的な事実を実証的な論理で思考判断するパイロット自身です。
「安全だ」という言葉にだまされずに、自分で事故につながる要因を確かめるのは当然のことです。
しかし、どんなに備えをしても、判断ミスをすることがあります、また予期せぬ突風が吹くこともあり、それらが重なると重大な事態となります。
天気は天の気です。予想は当たらないと思ったほうが良い。
だから、あらゆる手を尽くして、万全の準備を終えた後、謙虚な気持ちで、神様に安全をお願いするのが自然なパイロットの姿です。
また、来年も安全な飛行ができますように天空の神様ご守護をお願いいたします。
2006年12月24日
年の暮れ
気がつけば2006年が終わろうとしています。
本当に終わるんですね(笑)。なんだかのんびりしてしまって、実感がわいてこない今日この頃です。
過ぎ去った時間を惜しむ気持ちや、確実に時間が過ぎていくことに対する不安。12月の終わりは、そういったものを思い出させる時期です。
2006年はどんな年だったでしょうか。多分「今年を振り返る」テレビ番組が色々あると思うので、まずはそれを見て思い出したいと思います。
テレビといえば、お正月の2日3日には、毎年楽しみにしている箱根駅伝を見る予定です。
お正月のテレビはいまひとつ……という方は是非おすすめです。ただ「走る」というだけのことが、見ている者をこんなに熱くさせるなんて、いつも不思議に思います。
今回で、私の年内のブログは多分最後になると思います。
またお正月が終わった頃に書こうかな・・・・・・と考えています。
それでは皆様よいお年を。また来年お会いしましょう。
2006年12月23日
1日早いクリスマスケーキ
城谷小夜子です。
娘は出かけることが多いので、いよいよ予期した夫婦二人の生活になりつつあります。
明日は、わたしは浄瑠璃研究会で夜になるので、
夫婦で1日早いクリスマス・イブ。
ハリーポッターを見ながら、手巻き寿司に、唐揚げ、みそ汁でささやかな夕食。
夫が買ってきてくれたちいさなデコレーションケーキには
サンタクロースとメリークリスマスのチョコレート文字。
「紅茶にしようか」
京都の父に電話して
正月にこちらに来て〜と頼んだ。
姉たち一家を呼んで、酒盛りだぁ〜。
家族で一緒にいられる時間に感謝して
しずかなお正月を迎えたいものです。
う〜ん、その前に、仕事と年賀状と掃除・・・
みなさん同じですよね。よいお年を〜
2006年12月21日
今年もあとわずか
私にとって試練の年だったな。
心落ち着く事無く過ぎていってしまったような。
でも頑張ってよくやったね。
整理しきれない思いもいいや来年に持ち越していこう。
時間はありがたいもので辛い出来事もやがて力に変えてくれるから。
焦らず自分らしく過ごせたならそれでいい。
今日も自殺のニュースが。
私達がこの世に生まれてきたということは、
お母さんのおなかの中ですごい倍率に打ち勝ち生まれてきている。
そんな私達はすごい存在。
辛いことや悲しいこと苦しいことも、過ぎ去って振り返り見ると
結構楽しい思い出になっていくもの。
そのときは本当に辛いけれど。
自殺未遂の人たちはみんな口を揃えて、「あの時死なずによかった」と。
人間の能力なんて大体みんな同じようなもの。
今悩んでいる事が他の誰かも悩んでいたりするもの。
幸い私達は一人ではない。
みんなと共に生きている。
影で心配してくれている人も必ずいる。
私も今年は結構辛い一年だったけれど、こうしてこのブログに参加できて、
皆さんと繋がりを持てたことが幸せな一年でした。
自分なりの一年が過ぎようとしている。
また自分なりの新しい年に夢を持って迎えたい。
ちょっとやってみませんか?
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。年末年始に温泉にでも行こうかと思いつつ、結局は頓挫してしまった龍之介です。
「年末年始は温泉旅行にでも」と思ったのですが、旅行好きの知人にその話をしたところ、「手遅れ」と一蹴されてしまいました。どうやら、有名温泉地で年末年始を過ごしたいのなら、その前の年の年末には予約を入れなければならないとのことです。
要するに、2006年の年末に泊まるためには、2005年の年末には予約を入れておけということで、今からでは完全に手遅れだとか。そんなに競争の早いものだとは存じませんでした。
だとしたら、今からどこに行こうかとか考えている自分は、よっぽどの呑気者のようです。ただ、「ひなびた旅館ならまだ空いているかもしれない(知人談)」とのことです。さすがに今年は厳しいので諦めるとして、来年の年末に向けて今から準備でもしようかと検討しております。
さて、突然話を変えるとして、最近忙しくてなかなかできなかったのですが、久しぶりに献血をしてきました。
学生の頃から始めたので、かれこれ10年以上献血のキャリアになりますが、献血をして得られる喜びと言うものはいつまで経っても変わらないものです。
と言うのも、初めて献血したときに、看護士さんから「あなたの血によって、誰かの命を救うことができます。これからも誰かの命を救うために、献血を続けてくださいね」と言われて、とても嬉しかったことを、今でも鮮明に覚えているからなのです。
当時、誰かの役になっているのかと思い悩んでいた自分にとって、生きる希望が芽生えるほどの励みになりました。そして、この言葉があったから、自分の血によって誰かを救うという使命感を持つようになり、現在に至っているのかもしれません。
よく考えたら、別に特別な能力が必要なわけでもなく、特別な資格が必要でもない。ただ、健康な身体があるだけで、誰かの役に立てるのが献血なのです。ただ、それだけでこの世の中で役に立つ存在になれるのです。もし、自分がこの世の中に生きている価値があるのかとお悩みの人がいましたら、是非とも献血することをお勧めします。
尚、「針は痛くないのか」と不安に思う人もいるでしょう。正直、「痛くない」と言ったら嘘になります。ただ、痛みを感じるのはほんの一瞬です(血管に刺さる間だけ)。その一瞬さえ越えれば、あとはさほど痛みを感じません。
ちなみに、冬場は寒いために献血する人が少なく、血液が不足気味になるので、協力を申し出ると熱烈歓迎されます。
誰かを救うために、ほんのちょっと勇気を出してみませんか?
2006年12月18日
屋外温度計
我が家ではこの家を建てたときから台所の窓の外に温度計を貼り付けている。
ホームセンターで700円くらいだったが、それ以来十数年我が家の外で頑張っている。
毎朝ブラインドを開け外の温度を確認するのが私の日課となっている。
なんといっても住宅ローン返済のために灯油代を節約する目的で付けたのだが、
子供の出かけるときの服装を決めたり、洗濯物を干すタイミングを決めたり、
車のエンジンをかける時間を決めたりと今ではすっかり生活になくてはならないものとなっている。
シバレタ朝は零下27度。
なんか暑い。これは変だと思ってみると37度をさしていることも。
今年の嵐の去った朝、いつもの様にブラインドを開けると温度計くんがいなくなっていた。
ええどうしたのと窓をあけて下をみるとかわいそうに温度計くんが地面に落ちていました。
フックが風化して大風に耐えられなかったみたい。
でも下が軟らかい土だったので壊れてはいませんでした。
変な話十年以上も朝晩みていると、愛着がわいている。
今はビニールテープでぐるぐる巻きの温度計くんもう少しがんばってね。
いつもありがとう。
2006年12月17日
コーヒータイム
コーヒーが大好きで、ほぼ毎日飲んでいます。
私に「毎日コーヒーを飲む」という習慣を身につけさせてくれたのは亡くなった祖母なので、こういうのも祖母の形見と言えるかもしれません。
病気のために食事制限していた祖母の、数少ない楽しみの1つだったため、高級な豆を惜しげもなく淹れてくれました。
以前は砂糖必須でしたが、今はブラックでもいけます(笑)。
「ゆったりとした、潤いのある時間が毎日の生活には不可欠」というのが祖母の教え、だったのかどうかはわかりませんが(笑)、この習慣はずっと続けようと思っています。
紅茶も好きで、疲れた時や眠れない時など、温かいお茶にささやかながら癒されます。
最近は、ハーブティーなど種類も豊富。ローズヒップやハイビスカス、レモンバームなど、眺めるだけでも楽しくなります。
いつかほしいと夢見ているのは、このハーブティーを入れるための、透明なポット。中でお茶の葉がくるくる回っているのが見えるという素敵なものです。
日常のストレスにささくれだち、人付き合いに疲れた心には、温かくて優しい味のお茶やコーヒーが地道な効果をもたらすようです。
時には自分のためだけにお茶を淹れてみてください。
2006年12月15日
生きるも死ぬも
毎月勉強会を開いている。
講師はいろんな職業のプロで、12月は「あの世とこの世」と題して
ご夫婦で営んでいる葬儀社「白霊社」の滝本昌二さんと千代さんにおはなしして貰った。
いや〜、やっぱり不思議なことをみんな体験しているんです。
参加者が全員肉親の死に関しての不思議な体験を持っていた。
この世とあの世は繋がっていることをつくづく感じた。
もっともっと
この世とあの世のことを知りたいと思う。
この世でしっかり生きるために。
悔いなくあの世へ旅立てるように。
寿命を全うしたいと願う。
2006年12月13日
疲れたら休みましょう
重力は、からだを、常に地球の中心に引き寄せています。
そして、重力がある以上、わたしたちは、地上から離れることはできません。
頭を上に乗せて、下に地球を押しながら、二本足で歩行しています。地球の中心に向かう方向を「下」、その反対の方向を「上」と呼んでいます。
飛行の状態とは、推進しながら浮力を産み出し、重力とつりあっていることです。
飛行機は、巡航速度で前進するようにできています。それが定常状態です。巡航速度で進んでいるときが一番安定しているからです。
浮力が大きければ、高度を上げて地上から離れることができます。反対に、浮力が小さければ、高度が下がり、ついには地上に降りることになります。
飛行機の推進力の源はパワーです。
パワーがなくなったら、地上で翼を休めましょう。飛行に十分な推進力が戻るまで、待つことです。
次の飛行のために、エネルギーを消費せずに、充填することがポイントです。
粉雪と風花
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。最近、めっきり寒くなったために、布団から出るのが辛くなってきた龍之介です。一日の戦いは目が覚めた瞬間から始まっています。
さて、寒いのが苦手なため、あまり冬が好きではないのですが、そんな冬でも好きな光景はいくつかあります。一つは前回の冒頭に書いた黄昏時の赤く染まった夕景で、もう一つは晴れた日にちらちらと降る雪です。
とめどなく降り積もり、街を白く染める雪と違って、この昼下がりなどの晴れた空の下で、ちらちらと降る雪は、どこか儚さを秘めており、心惹かれるものを感じるのです。例えて言うなら、散り行く桜に惜別の情を感じるようなものかもしれません。
ただ、それだけ好きな光景なのに、この降り積もる雪の名前をつい最近まで知りませんでした。先日読んだ、雑学のクイズ本で、初めてこの光景が「風花(かざばな)」ということを知りました。それまでは、てっきり、ちらちらと降り積もるものだからという理由だけで「粉雪」だとばかり思っていたもので、無知な自分が本当に情けないです。
ただ、名前を知ったことで、よりこの「風花」を愛することができそうです。北海道の冬は長く、寒く、雪が多いけれども、この「風花」を見ているときは冬もそんなに悪くないかなと思えるかもしれないので。
そう言えば、「風花」も、勘違いしていた「粉雪」も、両方とも2005年のヒット曲のタイトルにあるのですね。個人的にはヒットした当時、毎日のように聴いていたし、カラオケでもよく歌っていた、レミオロメンの「粉雪」の方が好きですが。ただ、せっかく「風花」という言葉を覚えたのですから、森山直太朗の「風花」も覚えて、カラオケで歌えるようにしようかな。
さて、「今年の漢字」は「命」と決定し、私が前回挙げた3つはいずれも20位以内にも入っていませんでした(「稲」や「王」は論外)。いくら、世知辛いニュースが多いとは言え、「隠」や「驚」などマイナスイメージの強いものは、あまり好ましくないのかもしれません。
むしろ、そのマイナスの状況から新しく何かを見出そうという、前向きな気持ちを込めた「命」や3位の「生」などのような言葉の方が相応しいのかもしれませんね。どうやら、私の考えはいささか短絡的だったようです。反省の意を含めて、命の重みについて改めて考えたいと思います。
2006年12月10日
もう1度見たい
年末が近づいています。
クリスマス、大晦日、お正月。
この時期に考えることの1つが、「なんのテレビ見ようかなあ」だったりします。
スペシャル番組ばっかりで見るものがない、なんてこともありがちですが、だったら普段は見る番組があるのかというと、そうでもなくて(笑)。
「見たい番組」はやっぱり減っているのでしょうか。
逆に、「あの番組、もう1度見たい」と思うものは、けっこうあったりするのですが。テレビって、一定周期で再放送があってもいいような気がします。だって、自分が生まれる前の名番組も、見たいですから。
そういえば、「まんが日本むかしばなし」が復活していたみたいですね。
「親が子供に見せたい番組」として、人気が高いということですが、ちょっと意外な気もします(笑)。
私も小さい頃見ていました。昔話って、意外とほのぼのハッピーエンドじゃないんですよね。物悲しさやさびしさ。めでたしめでたしであっても、ちょっとほろ苦いものが残ったり。
時には山姥や平家の亡霊が出てくる怪談なんかもありましたから、自分にとっては結構怖い番組でした。
そういう意味では色々勉強にもなる、奥深い番組ですね。
ついでに復活させてほしいのは、「世界名作劇場」……だったかな。
赤毛のアンや小公子、若草物語など、そうした名作をアニメ化したもので、子供版連続テレビ小説みたいな感じで、自分は結構楽しみにしてました。シリーズそのものが終わってしまった時は「なんでー!?」と思ったものです。
「手間のかかるアニメ」ってことで、敬遠されてしまったのでしょうか。
皆さんは年末、どんなテレビを見て過ごされるのでしょうか。テレビを見るとしたら……ですが。
2006年12月06日
カルボナーラ
土曜日の午後に息子が受験勉強の合間にカルボナーラを作ってくれた。
これまたすごく美味しい。
私はあまりこの手の料理が得意ではないので、息子に教えてもらい今日作ってみた。
息子の反応はというと機嫌が悪い。
息子はグルメで味にうるさく、美味しいときにはよく話すが、やや失敗かなのときは無口になる。
楽しい食卓にするには美味しいものを作らなくては親子の危機につながる。
でも本当に食は心と体を作る大切なもの。
おろそかにはできない。
小さなころよく料理をしている私のところに来ては、「やらせて、やらせて」とまとわり付いてきた。
そのころの私はというと早く終わらせたくて適当にごまかしたりしたこともあり心に余裕がなかったね。
本当はなによりも子供となにかを一緒にするということが最優先のはずなのにね。
それでも、お昼にふたりでよくチャーハンを作ったときの思い出は楽しい宝物。
そんな経験からか息子は料理が好き。
そうだよね。これからの男の子は料理もちゃんとできたほうがいいね。
そんな息子も受験勉強が佳境に入り、夜遅くまで頑張っている。
幼稚園から高校まで飽きることなくゲームを毎日していた息子も、
さすがにゲームを封印した。と思っていたら合間にやっていた。
いまが頑張り時。
まだ、将来の事はぼんやりとしか見えていないようだけど、
美味しいものを食べて ”頑張れ受験生”
二ヶ月ぶりです
12月になって、飛ぶのは2ヶ月ぶりだ。
久々に飛ぶと、感覚が変わり、不安の中に浮いている感じだ。
離陸。
直後に、着陸する理由を挙げ始める。
不安の中、否定的なことばかり頭をよぎる。
前回、離陸後すぐに着陸したことが、心にひっかかっていた。
キャブレータにゴミが詰まり、エンジンを思うように吹き上げられなかったためだ。
キャブレータを掃除して、再び離陸したが、エンジンの調子が気になっている。
いつもの、大空を飛びまわる爽快さは、まだやってこない。
釣り人を避けながら、ローパスを繰り返し、足で砂を蹴る。
プロペラが砂を巻き込む音をきく。
ローパスのスラロームをつづけて、離陸から30分、やっと、機と一体になった。
翼は手の一部となり、
もはや操縦している人はいない。
日常は、しだいに遠ざかり、
すべては海と空の、藍の中に溶け込んでいく。
ヒトには自由にはばたく翼があるのだ。
だから、どこにでも飛んでいくことができ、
すきなところへ降りることができるのだ。
地上で息が詰まりそうになったら、いつでもいらっしゃい。
いっしょに、飛びましょう。
そして、望むところに降りて、
どんな暴風雨にも負けない根をはやしましょう。
2006年12月05日
続・今年を象徴する言葉
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。冬の澄んだ空が好きな龍之介です。特に、淡いオレンジ色の光に染まる夕暮れ時が好きです。
さて、前回書いた新語・流行語大賞のベストテンが先日発表されました。今年は、馴染みが薄いのになぜかノミネートされる政治関連の言葉が少なかったせいか、比較的順当な結果だったと思います。
大賞の「イナバウアー」はまねをしてのけぞる人から、勢い余って腰を痛める人までたくさんの人に影響を与えたことを考えると、妥当な結果だったのではないでしょうか。また、藤原正彦氏の『国家の品格』がベストセラーになり、「品格」という言葉が注目されたことから、こちらも妥当な結果だと思います。
この他の8つに関して一言だけコメントするとしたら、こんな感じになります。
「エロカッコイイ(エロカワイイ)」〜歌手の倖田來未も、この言葉と一緒に幅広い年代に知られるようになったと思いますが、「こうだくみ」と漢字で書くときやパソコンで入力するときに、まだ漢字で苦労する人が多いのではないでしょうか。
「格差社会」〜小泉政権は終われども、負の遺産がまだあるといったところでしょうか。今後は格差の解消に向けて、安倍総理に頑張ってもらいたいところです。
「シンジラレナ〜イ」〜日本ハム日本一直後ということもあり、非常にタイムリーだったと思います。ただ、日ハムファンとしては、小笠原が巨人に行くなんて「シンジラレナ〜イ」といった気持ちが強いです。
「たらこ・たらこ・たらこ」〜この言葉を聞くと、また頭の中で「たらこの歌」がエンドレスでかかりそう……と思ったときには、もう始まってしまいました。頭の中でエンドレス再生しています。
「脳トレ」〜脳年齢を知りたいがために、「脳トレ」のゲームが欲しいのですがニンテンドーDSが手に入りません。どこに行けば手に入るのでしょうか?
「ハンカチ王子」〜この言葉が斎藤佑樹選手を指していることは分かっているのですが、最初に命名したのは誰なのでしょうか?
「ミクシィ」〜ミクシィに加入している友人がいないので、入ることができません。ただ、今年株式を公開したばかりなのに、株価が急騰している辺り、しばらくは勢いを持続しそうな気がします。
「メタボリックシンドローム(メタボ)」〜 そろそろ脂肪が気になる年齢になってきたので、色々と健康に気を使わなければならないなと、改めて感じました。
さて、今度は12月12日に「今年の漢字」が発表されますが、それに先駆けて私はこのように予想してみました。
� 崋遡篶蓮廚筺屮灰瓮鵐販蓮廚覆鼻∈廼瓩浪燭任癲屐僧蓮廚般誕任弔海箸�多いことから、「力」
�◆〆G�立て続けに発覚した、「飲酒運転」、「履修漏れ」、「いじめ」の3つですが、いずれも共通するのが、当初は隠蔽しようとしていたことなので「隠」
�� 多少�△判鼎覆襪里任垢�、ヒルマン監督じゃなくても「シンジラレナ〜イ」と驚くような事件が多かったことから「驚」
この他に、イナバウアーから「稲」とか、ハンカチ王子から「王」というのも予想したのですが、さすがに無さそうです。果たして、どんな漢字が選ばれるのでしょうか。
そして、来年はもっと景気のいい言葉が出ることを望みたいです。
2006年12月03日
テレビゲームのお話(2)
以前、新聞でこんな見出しを見つけました。
「ゲーム脳から子供を守れ」。
ゲーム好きな自分は、実はこういうのを見ると心穏やかでいられません。
さいわい記事の内容は、心穏やかでいられないようなものではありませんでしたが(笑)。
「小さな子供の成長には、規則正しくバランスが取れた生活が大事」ということで、そうした取り組みを進めている小学校の校長先生についてでした。(「バランスが取れた生活」の中に、「ゲームはやり過ぎない」というのも入っています)
今はこうした当たり前のことでも学校で教えなきゃいけないんだな、学校の先生って本とにいそがしいんだ・・・・・・と自分は記事を見て思いました。
「家庭の教育力低下が云々」とか、そういう問題にもつながる話でしょうか。
いわゆる「ゲーム脳」については、専門家の間でも異論が多くて、まだ実証はされていないはずですよね……。あ、もちろん、信じるのは自由なんですけど(笑)。
ただ、結果として、ゲームに対する敵意が高まることになったらと、ちょっと心配です。特に、子供を持つ親御さんとか。
ゲームが普通の遊びであることも、時には傷ついた心のよりどころとなることも、追いつめられた心の防波堤となることも、自分は知っているので……。
「ゲームが悪い」ということになると、そこで思考停止が起きてしまって、子供を取り巻く全体的な問題が見えなくなってしまう場合があるかな、という気もしますし。
関係改善や、問題を考えるせっかくのチャンスを、「敵意」が阻害してしまうことになったらもったいないな、とか。
その新聞記事はやはり目を引くものだったのか、後日、読者の投稿欄にその記事の感想が2件ほど載りました。
2件目のものは「ゲームが昨今の子供の凶悪事件の増加の原因云々」というところまでいっていました。あまり、記事の内容とは関係ないものです。
時間の経過と共に、「ゲーム脳」という印象的なワンフレーズが、記事の内容そのものに勝ってしまうのかな、と思いました。
校長先生の地道な取り組みの方にも目を向けてほしいな・・・・・・とちょっとだけ思いました。
演劇セラピスト
城谷小夜子です。
わたしは、来年から演劇セラピストとして、活動を広げることにしました。
サヨコ・メソッドを数年かけて作り上げます。
密教では三密加持といいますが、
三密とは
身=体
口=声とことば
意=思い=魂
これらを鍛えること、さらなる高み(=深み)に登って(=降りて)いく。
鍛える方法が日本伝統文化のなかに豊富にある。
俳優の訓練と、心理療法カウンセラーの学び、そして、
印度哲学および密教学の訓練法法、スタニスラフスキーシステム、
フェルデンクライス法、自己催眠法、神道、日舞、謡、狂言、歌舞伎メソッド、
浄瑠璃、太極拳、野口体操、シャーリーマクレーンの瞑想法、矢山式気功法、などなど、
わたしがこれまで学んできたメソッドを、自分の身体的満足度で計りながら、
わたしのメソッドを確立させていく。
今日花舞台は、85才の舞踊家の踊り。すばらしかった。
年輪を重ねることは、こんなに魅力が増すものかと思う。
すべての人に
日本の伝統文化を推奨する。
日本の美意識を高めたい。