« そして巡りゆく | メイン | 江戸しぐさ »

2007年10月01日

9月29日は父の命日

 23回忌をした。親戚が集まる機会はますます減り、とうとう家族だけの法要となった。
あれから、20年以上も経ってしまった。

 思い起こせば、旅立ちの一ヶ月前、初めて、一人前の人間として接してくれた。それまでは、私が何を言っても、父は相手にしてくれなかった。ちっとも聴いてくれず、必ず、お説教が始まった。しかし、その日は違った。ベッドの上に胡坐をかき、話を最後まで、私が話し終わるまで、聴いていた。「それで、どうするんだ?」と尋ねる父。「えっ」と予期せぬ言葉に驚き、おずおずと「こうするつもりだ」と答える。すると「そうか、そうするのか」と父。ほんの、ちょっと考え込んだようだった。しかし、驚いたことに、私の言葉を、そのまま受け取ってくれたのだった。

 青年期は父に反発したが、同じことをして、父に勝つ自信はなかった。何をやっても、一番になる自信に満ちている人だった。ただ、人を育てることでは、勝てそうな気がした。

 あの日は突然だった。土曜の午後、野球部にノックをつけている時だった。呼び出しの電話が入った。動揺しなかったのは、予感していたからかもしれない。安らかだった。

 人生は、いろいろなことがある。浮き沈みもある。七転び八起きだと、偉そうに言える歳になってしまった。生前、「幸福とは、難しいものだ。」と酔って笑っていた場面を思い出す。「何が幸せかは、各人によって異なるから。」
 父は越えられる壁でなければならない、と思う。子にとっては越えられるかどうかわからないからこそ、冒険なのだ。

投稿者 恵比寿 : 2007年10月01日 22:59

コメント

コメントしてください




保存しますか?